対談-紙から脱出せよ会社を変える、仕事を変える!
日本のものづくり復権に
必要なデジタルとアナログの
使い分けとは?

田中潤(ウイングアーク1st株式会社 取締役副社長COO シニアエバンジェリスト)・遠藤功氏(ローランド・ベルガー日本法人会長)

産業のグローバル化や少子化が進む中、デジタル技術を活用して業務の効率化・自動化を進めていく試みが、わが国における製造業の将来を切り開くのは間違いない。製造業の業務改革に大きな知見を持つローランド・ベルガー日本法人会長の遠藤功氏に、日本企業のビジネス改革に取り組むウイングアーク1stの取締役副社長COO田中潤が、日本の「ものづくり」復権に必要なものは何かを尋ねた。

変革が必要な日本の製造業

遠藤 功 氏
ローランド・ベルガー日本法人会長

早稲田大学商学部卒業後、三菱電機、米国系戦略コンサルティング・ファームを経て、2000年、ローランド・ベルガーに参画。日本法人会長として、経営コンサルティングに従事。戦略策定のみならず実行支援を伴った「結果の出る」コンサルティングとして高い評価を得ている。主な著書に「現場力を鍛える」「見える化」など他多数。

田中
今、AIやディープラーニングなどの新しいテクノロジーが、大きく社会を変えようとしています。これらが世の中に与えるインパクトをどうお考えですか。
遠藤
これまでと大きく違うのは、さまざまなテクノロジーが同時多発的に生まれてきていることです。ビッグデータ自体も、多くのデータから新たな知見を得ようという点では、従来の情報分析と変わりません。しかしビッグデータとAI、あるいはロボティクスなど、複数の異なるテクノロジーが掛け合わされることで、新たな破壊的イノベーションが生まれ、ビジネスモデルが一気に変革される可能性が出てきたのが、今の状況といえます。
田中
そうした中で、日本のものづくりも必然的に変わっていかなくてはなりません。遠藤さんからご覧になって、わが国の製造業の動向はいかがですか。
遠藤
まだまだ、大きく変わる必要があります。日本は過去の“ものづくり大国”の成功体験や、これまでの技術、ノウハウの延長線上に新しい回答を求めようとしていますが、もっと根本的に変えなくては、ブレークスルーはあり得ません。たとえばドイツの製造業は、工場の完全無人化を目指しています。ロボティクスやAI、ビッグデータといった技術があれば可能だと、彼らは確信しているのです。

傍観していては変わらない

田中 潤
ウイングアーク1st株式会社
取締役副社長 COO
シニアエバンジェリスト

システム開発エンジニアとして、主に企業の業務システムやWebアプリケーション、ECサービスの開発に携わった後、2004年にウイングアークに入社。現在はCOOとして同社の事業全体を統括。

田中
では、日本の製造業が変わるべきポイントはどこにあるでしょうか。
遠藤
例えば、これまで工場の現場では、作業の効率化を目的としてロボットを導入してきました。この結果、工場の製造現場の効率化はかなり進んだと言ってよいでしょう。ところが一方で、管理業務は人手による作業のまま取り残され、時代に大きく遅れてしまった。AIやビッグデータ処理の技術が実用化されつつある今、そうした業務はIT活用によって劇的に変わるはずです。ただ現実には、依然として人手による作業は残っています。言い換えれば、日本がドラスティックな変革を実現できないのは、こうした業務フローの上にいまだに人間がいるから、と言うこともできます。
田中
そこまでメリット、デメリットがはっきりしていながら、どの企業も変えていこうとしないのは、奇妙な印象すらあります。変えようとしない一番の理由は何ですか。
遠藤
「変える」という強い意志が、管理業務を行う部署と現場にないからです。新しいテクノロジーが生まれたからといって、傍観していては何も変わらない。このままだと日本は、世界の潮流に押されて、「変わらざるを得ない」という後追いに陥る懸念があります。まず自分たちが変わる、自分たちで変えるという主体性を持って取り組まなくては、決して道は開けません。

新しい仕事をデータから創る

田中
主体的に仕事のやり方を変えるという意味では、現在日本でも「働き方改革」に取り組む企業が増えつつあります。人手による管理業務=アナログのプロセスを電子化するというお話も、その一環と捉えてよいでしょうか。
遠藤
たしかに働き方を変えるのは大事ですが、むしろ本丸は「仕事そのものの改革」だと思います。多くの方が、「働き方」を変えれば何かが変わると思っていますが、周辺の働き方だけを変えても、コアの仕事を変えないと意味がないのです。言ってみれば、デジタル化を活用する新しい発想によって、仕事のプロセスを抜本的に変えることが可能です。働き方だけを小手先で変えても、効率改善の対症療法で終わってしまいます。
田中
具体的にはどんな例があるのでしょうか。
遠藤
ある介護事業者が、介護の現場の業務データを分析して新しいビジネスをつくれないかと考えた結果、利用者の身体に超音波センサーを装着して、膀胱(ぼうこう)の状態を把握し、少ない人数で的確かつ効率の良い排せつ介護を実現しました。これなどは、データ活用がいかに新しい発想を生み出すかを、業務の現場で実証してみせた好例だといえます。
田中
たしかにIoTを取り入れたデータ活用で「働き方」自体を変えた素晴らしい事例ですね。
遠藤
働き方を根本から変えるには、デジタル化するだけでなく、人の配置を見直すことも必要です。デジタル化で効率化した現場は必ず人を減らさないと、以前と同じ結果になります。もちろん、これは単純に人員削減をすればよいという乱暴な話ではありません。人材を投入すべき場所を見誤ってはいけないということです(後述)。重要なのは、デジタル化しても人員配置は従来通りでいけるという、虫のいい考え方は捨てるべきだという覚悟です。
田中
私が注目しているのは、 日本の企業の特殊な慣習としていまだに根強く残るハンコの文化です。せっかく紙文書を電子化したのに、ハンコのワークフローが残っているばっかりに、思ったような効率化が実現できないといった例をしばしば耳にします。これをデジタル化で解決できれば、根本的な改革のきっかけになるのではと考えています。

思考停止からの脱出が第一歩

田中
業務やプロセス変革の必要性は理解しても、人を減らすことに日本の製造業はかなり抵抗感があると感じます。業務フローをドラスティックに変革するという課題に取り組むにも、人を排除する、人間の仕事を奪ってしまうと考えると、現場はもちろんマネジメント側にもかなり大きな抵抗感があると思います。そこをどう乗り越えていけばよいでしょうか。
遠藤
日本の工場の生産性や品質が非常に高いのは、よく知られているところです。ものづくりの現場を「カイゼン」する力は非常に高いのに、事務所に入った途端にそれがなくなってしまう。こうしたギャップの一番大きな原因は、「ムダ」の定量的な評価という発想が、管理業務に携わる人々の中にないからです。これまでの業務改善などの積み重ねを通じて、ものづくりの現場には何がムダかといった共通認識が共有されています。いわば、改善を進めてゆく上での共通言語を全員が持っていますが、事務所にはいまだにそれがない。
田中
たしかに生産現場では、あらゆる側面で具体的な数字やデータを使ったベンチマークや、スコアボードによる評価といった手法が定着していますね。それが事務サイドには根付いていないということですか。
遠藤
そうです。生産現場は「ムダ」とは何か、今どうなっているか、今後どうすべきかといったことを具体的な数値で判断できる。ところが管理業務は「何がムダか」の基準がなく、人によって解釈も判断も異なったまま、それが問題だとも思われていません。この結果、自分たちの仕事がムダかどうかも意識したことがない。厳しい言い方ですが、「思考停止」に陥っているのです。まずはこの思考停止の状態に気づいて、「このままではだめだ」という自己否定から出発することが変革の第一歩です。その上で管理業務の効率化を実現するために、「何がムダか」という定義をきちんと行うことが不可欠です。

「業務の断捨離」に挑んでみる

田中
これまで問題を意識すらしたことのない人たちには、自分たちの状況を直視するだけでもかなりハードルの高いチャレンジです。具体的にどのようなところから取り組めばよいか、ヒントをいただけますか。
遠藤
まず「何がムダか」という共通の基準を決め、全員で共有することが重要です。たとえば、これまで60分かけていた会議を5分で終わらせると決める。とかく日本の会社の会議は、あれもこれもと盛り込んで長くなりがちです。5分で終わらせるとなれば、何が最重要課題かという優先順位付けをせざるを得ません。
田中
なるほど。「あれもこれも入れておけば安心」という発想自体、まさに思考停止そのものです。そこに5分という具体的な数値を設けて、行動を起こさざるを得ないように仕向けるのですね。
遠藤
5分以内に収まるようにテーマが絞り込めれば、これまでのような分厚い資料作成も不要になり、一枚のレジュメで済みます。60分の会議を5分に圧縮するというトライアルを通じて、課題の優先順位を見極めるトレーニングもできる。さらに、これまで実はムダに使っていた時間や紙や労力への「気づき」も生まれ、そこを削減できるようになる。つまり、「業務の断捨離」です。

ムダをなくし、顧客接点にリソースを集中する

田中
「業務の断捨離」の結果、これまでの業務がなくなった人々を、どういう仕事に振り向けていけばよいでしょう。
遠藤
管理業務から人を減らすのは、減らすこと自体が目的ではなく、その仕事が実はムダだからです。むしろ人を増やすべき業務では、積極的に増やさなくてはなりません。これからの時代、営業の役割はますます重要ですが、実はデジタル化の結果、この部分が手薄になっているのです。メールやインターネット会議でもことは足りますが、やはり実際に顧客に会って対面で話すことが一番強いのです。
田中
たしかに、人に会って会話したり、より深い信頼関係を築いたりするのは、ロボットやAIにはできませんね。
遠藤
顧客と直接コンタクトして得られる「一次情報」は、インターネットの世界には存在しない貴重な情報です。重要なビジネスの情報や本音を、ネット上にやすやすと公開する企業はありません。顧客が信頼できる相手だと認めて初めて教えてもらえるものです。その意味で、顧客接点をアナログ=人で持つのは、ビジネスの上で非常に大きなアドバンテージになります。このアナログの部分にこそ、デジタル化で単純作業から解放されたリソースをシフトしていく戦略が、今まさに求められているのです。
田中
そうした「人でないとできない部分」にこそ貴重なリソースを集中すべきであって、定形化できる管理業務はITに任せて省力化・効率化していけばよいというすみ分けが必要なのですね。
遠藤
創造、つまり新しいものを生み出す作業は人間の役割です。だからこそ、人の力をムダに消費する定型業務は極力自動化して、成長分野に「創る」能力を集中するべきなのです。

改革への大きな物語を持って進む

田中
私たちは紙の帳票を電子化することで、ビジネスの現場の効率を向上させる取り組みを進めてきました。電子化=ペーパーレス化は、人手による作業を不要にする上で大いに貢献できると思うのですが、遠藤さんはどうご覧になりますか。
遠藤
日本の製造業が業務改革を実現するには、自ら「変える」という明確な意思をもって、業務そのものを根本的に見直す必要があります。そうした強い主体性を一人ひとりが持つためには、部分的な改善にとどまらない、大きなストーリーが必要です。その物語と視点を全員が共有し、「会社を変える」という目標に向かって、一丸となって取り組んでいかなくてはなりません。つまりペーパーレス化も「紙をなくす」のが目的ではなく、「紙であることが妨げているプロセス」の効率化こそが真の目標であり、その解決に有力なツールがデジタルだと考えるべきです。
田中
たしかに、人に会って会話したり、より深い信頼関係を築いたりするのは、ロボットやAIにはできませんね。
遠藤
何よりもまず「自分たちが会社を変える」というマインドを確立することが、最新テクノロジーの効果的な活用につながるということですね。本日は、貴重なお話をありがとうございました。