100本のデータ連携本数が絡み合う「スパゲッティ状態」からの脱却
市原市が取り組んだのは、デジタル庁が主導して進める「地方公共団体情報システムの標準化」への対応だ。2025年度末という期限が迫る中で、現場が最も頭を悩ませていたのは、システムそのものの移行よりもその背後に隠れたデータ連携の複雑さだった。市原市役所では長年、住民記録や税、福祉といった各業務システムを導入・更新するたびに、システム間を1対1で繋ぐ個別連携の継ぎ足しと更新を繰り返してきた。その数は、把握できているだけでも100本を超える。
「まさに『スパゲッティ状態』でした。システムを追加または更新しようとすると、複雑に絡み合った連携を1本ずつたどり、影響範囲を調査しなければなりません。これまでは職員の知見やベンダーの職人芸とも言える属人的な対応で何とか維持してきましたが、標準化という大規模な移行を前に、このやり方は限界を迎えていました。Govlongがなかったら標準化システム対応はどうなっていたか想像もつきません」と、市原市の情報政策課(現情報システム課)課長としてプロジェクトの全体方針をとりまとめていた中田 直樹氏(現CIO補佐官)は振り返る。

標準化の対象となる20業務を一斉に現行システムから標準システムへ移行させるためには、この複雑な連携を抜本的に整理し、市が主導権を持って管理できるデータ連携基盤の構築が不可欠だった。
標準化の壁となった「版差」とベンダー間の調整
プロジェクトが本格化する中で、最大の障壁として立ちはだかったのが、各システムの版(バージョン)の相違、いわゆる版差の問題だ。
デジタル庁が提示する標準仕様書は、実務の変化に合わせて随時アップデートが行われる。そのため、データ出力側の業務システムは最新仕様書版のデータレイアウトで出力するが、受取側は一つ前の仕様書版レイアウトでほしいといった状況が発生する。版が異なれば、データのレイアウトや項目定義が異なることもあるからだ。
また自治体では、独自のルールや条例に合わせた対応が必要になるため、標準化システムと独自システムの間で連携要件の版が異なってしまう場合がある。標準化対応ではないシステムとの連携も必要になってくるため、版差は大きな壁となる。
「システム間で版が異なれば、データはそのままでは利用できません。これを解決するために、各システムのベンダーに対して、相手の版に合わせてデータを書き換えてほしいと個別に改修依頼を出していては、コストも時間も天文学的な数字になります。また、複数のベンダーが絡む中で、どちらがどこまで変換の責任を持つのかという責任分界点の調整だけでも数ヶ月を要しかねません。半年しか残されていないなか、このままでは2025年度末の稼働には到底間に合わないという強い危機感がありました」(中田氏)
市原市が求めたのは、各業務システムの改修を最小限に抑えつつ、版の相違などの違いを柔軟に統一・翻訳するインテリジェントなハブの役割を果たす基盤だった。
なぜGovlongだったのか。単なるETLを超えた選定理由とは
複数のソリューションを比較検討したうえで、市原市が選定したのが、ウイングアークが提供する自治体向け業務支援ソリューション「Govlong」のデータ連携基盤だった。
選定の決め手となったのは、Govlongが単にデータの抽出・加工・書き出しを行う汎用的なETLツールではなく、自治体実務と標準化対応に特化したパッケージであった点だ。

「Govlongは、標準仕様書の版差吸収や、自治体特有の複雑なデータ変換機能を標準機能として備えていました。こうした自治体特有のロジックが組み込まれた基盤を活用することで、設計からテスト、稼働までを約半年という極めて短いスパンで完遂できると確信しました。それだけでなく、目前の標準化を乗り越えたその先にある、データ利活用やシステム変更を見据えた高い拡張性を有していることも大きなポイントでした」(中田氏)
導入にあたっては、自治体システム運用と標準化、ガバメントクラウドに深い知見を持つパートナー、株式会社大崎コンピュータエンヂニアリングが参画。プロジェクトの最大の山場となるテスト工程において、データ変換ロジックを迅速に実装・検証できたことも、スピード稼働を支える大きな要因となった。
2026年1月、市原市は税関連業務システムなどのカットオーバーとともに、Govlongを軸とした新たなデータ連携基盤の本格稼働に漕ぎ着けた。
導入によってもたらされた最大の成果は、データ連携における主導権が、ベンダー各社から市へと移ったこと。ハブ・アンド・スポーク型の構成を採用し、システム間の連携ロジックをすべて中央のGovlongに集約した。これにより、将来的にいずれかの業務システムを更新・変更した際も、連携先のシステムに影響を及ぼすことなく、Govlong側の設定変更だけで柔軟に対応することが可能になった。
運用面においても、劇的な変化が生まれている。「これまでは連携エラーが発生した際、複雑な連携経路のどこで、何が原因で止まっているのかを特定するのに多大な時間を費やしていました。Govlong導入後は、ログやエラーメッセージが一元的に可視化されるため、トラブル時の切り分けが容易になりました。運用監視のレベルが向上したことで、職員の心理的負担も大幅に軽減されています」と、実務責任者としてベンダーとの調整やプロジェクトの推進を担当した情報システム課副主査の齋藤 慎平氏は、その効果を高く評価した。

職人芸に頼らざるを得なかった状態は解消され、市が自ら状況を把握し、コントロールできる透明性の高い基盤へと進化したのだ。
現場での開発が可能なEUCへの活用を推進、AIエージェントも視野に
市原市の挑戦は標準化対応に留まらない。市は今回構築した基盤を、将来的に市役所全体のデータを賢く活用し、市民サービスを向上させるための「データ利活用の心臓部」として位置づけている。
その第一歩として進めているのが、エンドユーザーコンピューティング(EUC【※4】)の高度化だ。「現在、現場の各部署では表計算ソフトなどを用いて独自のプログラムを作成し、業務を補完していますが、これは属人化やセキュリティ面のリスクを孕んでいます。今後はGovlong上に統合データベースやデータマートを構築し、現場職員がローコードで安全にデータを抽出し、統計分析や施策立案に活用できる環境を整備していく計画です」(中田氏)
さらに同市は、蓄積されたデータをAIで分析し、職員が自然言語で指示を出すだけで必要な情報を即座に得られる「AIエージェント」の活用も視野に入れている。
「今回のプロジェクトは、標準化という守りの制度対応からスタートしましたが、結果として、将来のデータ利活用という攻めのDXに向けた強固な土台を築くことができました。Govlongを軸に、バラバラだったデータを価値ある情報へと変え、サービスの質をさらに高めていきたいと考えています」(中田氏)
標準化の移行期という変化の中で、基盤選定とアーキテクチャの刷新により課題を乗り越えた市原市。その先にあるのは、行政のあり方を更新し続ける、これからの自治体の姿である
脚注
【※1】地方公共団体情報システムの標準化
全国の自治体で個別に構築・運用されていた主要な基幹業務システム(住民基本台帳や税など)を、国が定めた統一的な仕様に合わせる取り組みのこと。業務の効率化や住民サービスの向上を目的としている。
【※2】ガバメントクラウド
政府が調達し、地方自治体や府省庁が共通して利用できるように提供するクラウド環境のこと。高いセキュリティと効率性を備えており、自治体システムの標準化においてもこの環境への移行が進められている。
【※3】ETL
データを「抽出(Extract)」「変換(Transform)」「格納(Load)」する仕組みのこと。異なるシステム間でデータをやり取りする際に、データの形式やルールを綺麗に整えて繋ぐ役割を果たす。
【※4】EUC
システム開発の専門家ではない、業務の現場職員(エンドユーザー)が、自らITツールを活用してデータの抽出を行うこと。現場のニーズに迅速に対応できるメリットがある。






